26 平和記念公園
公園設置日
1956(昭和31)年4月1日
建設 広島市
設計
丹下健三(当時・東大助教授)ほか3名の共同作品(設計競技による145点の中から1等入選)
形状
公園面積:約122,100
(約37,000坪)
特記事項
1. 被爆前
現在の平和記念公園一帯(中島(なかじま)地区)は、江戸時代から陸海の交通の要衝として栄えていました。また、明治になると、市庁舎、県庁舎のほか、広島の物流の拠点となるなど、政治・行政・商業の中心となりました。被爆時のこの地区7町の住民は、合計で6,500人と推定されています。
2. 原爆投下
1945(昭和20)年8月6日、人類史上初めて投下された原子爆弾は、この地区の頭上で炸裂しました。地区の住民はもとより、当時この付近で建物疎開作業に従事していた多くの国民義勇隊や動員学徒が非業の死を遂げ、街並みも一瞬のうちに消え去りました。
3. 平和記念公園へ
1949(昭和24)年8月6日の「広島平和記念都市建設法」の制定に伴い、この地区一帯は平和記念施設として整備されることになり、現在の平和記念公園に生まれかわりました。
2007(平成19)年2月6日には、中央の軸線のエリアが国名勝に指定され、2008(平成20)年3月28日に公園内全体が名勝指定されました。戦後に整備された公園としては初めての国名勝となります。
『平和記念都市建設法』
この法律は、恒久の平和を誠実に実現しようとする理想の象徴として、広島市を平和記念都市として建設することを目的としています。